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欲望とエゴ [雑文]

@フランスの文豪、ロマン・ロランの言葉。

「生命を高揚させるものは、全てよいものだ。…敵は一つしかない、それは享楽的な利己主義、生命の息を涸らしたり汚したりするエゴイズムだ。…利己的な幸福が人生の唯一目的になるとき、人生はやがて目的のないものとなる」(山口三夫訳)

@ITの進展により、世の中で欲望を解放させることがだいたい「是」とされる時代に入って久しい。「ガマン(と節約)は美徳」という価値観はすっかり影を潜め、うってかわってあらゆる欲望をおっぴろげさせることが現代人にとって一応「いいこと」とされているのが今の御時世だ。

@然しそれに伴い、「他人の不幸の上に自分だけの幸せを築く」とか「自分たちさえ愉しければ他は如何なっても構わない」「人の不幸は蜜の味!」などという言葉に代表される、上のロランの言葉の如き、「享楽的な利己主義」「生命の息を涸らせるエゴイズム」が、アタカも新種のウィルスの如く、しかも色々なスタイルで、世間の津々浦々に蔓延っている。

@およそ、「~をしたい」という欲望は生きる上で切っても切れない生命の叫びだ。特に重要なのが「食」などにまつわる生きる為に必要な基本的欲望。これがなくては人間、否、如何なる生き物も、命を維持できなくなり、死に至る。

@自分は人より肥っていると思いこみ、ダイエットをやりすぎて、痩せ細り拒食症になって死んでしまう女性の例のように、食の欲望をセーブし過ぎると、最悪の場合命を落とすことがある。「食べたい」は人のみならず、生き物の命を支えるのに重大な役目をになう欲望の一形態なのだ。

@しかし、どんな欲望でもそうだが、「食べたい」をあまり必要以上に増大、もしくは膨張させ過ぎると、食にまつわる様々な問題が引き起こされる。昨今の食品偽装問題は、そうした人間の「食べたい」を異常に膨張させ過ぎた挙句の、当然の結果なのだと思う。そこには、当事者の「食中毒にさえならなければ、何やったって構わないのだ!」というのっぴきならぬエゴイズムが噴き出している。

そしてそういうエゴイズムが、結局は多くの人々を不幸のどん底へと追いやり、社会を荒廃させ、やがて自らをも滅ぼしていく

@こうした欲望の野放図な増大に伴う、生命の泉を涸らしかねないエゴの蔓延が、世間の芯まで腐らせている。欲望の増大とエゴの拡大の危険性は、古代から近年に至るまで、さまざまな聖者賢哲の指摘するところだ。

@さっき書いたような食にまつわるエゴ、男女間の愛にからむエゴ、国家間の資源争奪や利権に絡むエゴ、その他様々の(享楽感が伴う)エゴ…。ロランが遺した警告のように、みんなであらゆる欲を膨らますだけ膨らませ、他者の不幸の上に自己中心的な幸福を築くことを目指して、とどのつまりは自分達の人生を台無しにしている。

@如何したら、これ以上の欲望増大とエゴの暴走と蔓延を、食い止められるのか。

@その答えはさまざまだろうが、少なくとも私が思うに、我々一人一人が自分の信ずるところの哲理に従い、欲望を必要以上に増大させず、適正程度にコントロールし、利己中心的な幸福を望むエゴを乗り越え、他者(身近な他者でもそうでなくても)の立場を慮り、利他的な幸福を望める自己に成長していかなくてはならないのではないか。それにより、欲望の限り無い増大とエゴの暴走に歯止めをかけ、自分も他者も、仮令ささやかでも共に幸福感を噛み締められるようになれるのではないか。


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