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茂木健一郎の“つぶやき”-底を見よ。 [ぼやき]

@戦後60年経った今日、ここユーラシアの東端の島国は、いろいろとややこしくて、しかも嫌なものが沢山詰まった、真っ黒いカプセルのような国になった。

@そんな国土世間のありさまをみて、いつもはポジティヴな脳科学者・茂木健一郎も、流石に「日本は駄目な国になった」と嘆息する始末。

@何でもチマチマ管理され、何にでもゴチャゴチャいちゃもんをつけられ、何時も何かに追いまくられて、ピリピリしながら生きていかなくてはならないので、庶民はみんな、ついグチグチと、それこそ語のまったき意味の“愚痴”をこぼして生活している。

@政界・官僚の世界には、まことの知性の人――語のまったき意味の「インテリゲンチャ」なんてものは本当に数えるほどしか居やしない。居るのは、大多数、所謂「お受験戦士」のなれの果てばかり…。

@そんな連中が政治を、社会を…全てを牛耳っているこの黒いカプセル国家。外国とも本当に仲良く出来ない、哀れ極まるブラックボックスだ。お蔭で若者、女性、老人、障害者、子どもは切り捨てられて最下層に落ち、ある者は職を失い、ある者は命を落とし、ある者は、さらに弱い者を虐げる…。

@この間も北九州で、生活保護を打ちきられた人が飢え死にした。何でも、役所が勝手にその人の生活保護をカットしたらしい。

@かと思ったら、今度はベンチで寝ていた作業員の人を、少年数人がホームレスと勘違いして襲撃した事件もあった。

@駅の中でしかねぐらがないような人たちを駅員が外へ追いやるなんて、日常茶飯事だ。

@嗚呼何て嫌なことばかり起こるんだろうねぇ。これがこの島国の「底」というやつなんだろうかねぇ。いやいや本当はこの一段下に本当の「どん底」があるのじゃないかなぁ…。絶望と嘆息が茂木さんの口から漏れるのもムリは無い。

@しかし、茂木さんはこうつぶやく。

ぼかあ、実はこのところ気がクサクサしていたのだが、塩谷(注:茂木氏の盟友のひとりで、哲学者の塩谷賢氏)と話しているうちに、“いや、まてよ?絶望が深ければ、その分、素晴らしいアイデアが生まれてくるかもしれない。そう思い始めた。……人間、底を見てしまった方がいい。そのさらに下は、案外明るいかもしれん。…知ったことじゃねえよ。」(「茂木健一郎 クオリア日記」・09/01付「ぽかぽかしてきた」より抜粋)

@…う~む!さすがは茂木さんである。どんな世界に、ネガティヴな「底」を見たとしても、その「底」のさらなる下に、明るい世界を見出そうとしておられる。何があっても絶対に“ネガ”に向かわずに、“ポジ”に捉えられるところがこの人の凄い美点なのだ。

@案外、茂木さんの思うとおりではないか、と思う。深い絶望のどん底の下には、その真逆の「希望」という「明るいもの」があるはずだ。

@絶望という暗い岩盤の下には、きっと希望の鉱脈が光り輝いている。だからこそ、絶望の闇を破って希望の光を見出す、ということが人生では大切なのだ。

●(附記)昨日(09/01)、「日経サイエンス」10月号を購入して読んでいる。巻頭の「てれすこーぷ」に東京工業大学学長・相澤益男氏の寄稿が掲載されていた。その寄稿の中にはこうある。(以下抜粋・引用)

@…「多様性といっても、文化や国の違い、男女差や年齢差、専門分野あるいは考えかたの違いなど、人にかかわることだけでも実に幅広くさまざまだ。こうした多様性のそれぞれが個性や特性として尊重され、輝き、積極的に活用されて、社会が活性化するには、乗り越えるべき課題が実に多い。しかしながら野球やサッカー、ゴルフなどのスポーツ、特に国技である相撲には、信じがたいほどの劇的な変化が起こっている。多様性の活用により、グローバル時代にふさわしく、創造的活動を見事に活性化した、と言えるのではないか。芸術についても同じことが言えるだろう」

@「『類は友を呼ぶ』『出る杭は打たれる』など、我が国にはむしろ均質さを好む風土が根強いことも確かだ。同質なもの囲まれていると、なんとなく醸し出される安心感にスッポリはまり、いつしか異質のものがはじき出される。そして、組織が、あるいは社会が同質化、均一化していく。当然のことながら、個性はますます埋もれ、現状を乗り越える革新的な考えは出にくい。突出したことが生まれても、すぐに叩かれ、ならされてしまう」

@「要は、多様性を受け入れるだけでなく、いかに多様性のダイナミズムを誘起し、創造性の活性化に結びつけるかである」

銀鏡の意見↓

@茂木さんや塩谷さんのような「何度打たれても出まくる杭」のような、在野で行動し続ける本物の知性の人は、日本という名のカプセル世界を開放的でヒューマンな世界に変えるべく、是非居て欲しい方だと思うので、これからも末永く活躍し続けて欲しいと念願している。

@しかし、将来この閉鎖的なカプセル世界を大きく変えられるか否かは、何と言っても私達無名の庶民の、外からの多様性を受け入れ、自らの創造的な人生のために活かすという、根本からの意識改革にかかっている。少なくとも私自身は、そう思っている。


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Kimball

「本物はなにがあっても芽をだす」、ですね!
by Kimball (2007-09-08 07:34) 

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