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本日の「ぴぴたん」!(3)-いじめを隠す学校 [ぼやき]

福岡県で中学2年生の男子生徒が自殺した件で、この男子生徒の1年の時の担任が率先して、男子生徒をいじめていたという事実が発覚し、現地の学校関係者は周章狼狽している。

@かりにも、子供達を教え育み、いじめなど学校内で起こる問題から彼等を守るべき立場にあるという学校の教師が、こともあろうに子供を率先していじめるとは、まさに言語道断という以外、いうべき言葉がない。

@この教師は、他の生徒に対しても、くだものの苺になぞらえて成績のよい生徒を「あまおう」「とよのか」と呼び、亡くなった生徒には「おまえは出荷できない苺だ」と抜かしたそうな。また女子生徒にもむかって「豚」といったり、兎に角、口の悪い教師だという。学校の関係者によると「彼は陽気だが調子にのりやすい」との事なのだが…。

@それにしても、この男子生徒が自殺したことを考えると、「お調子者」というにはあまりにも常軌を逸しているとしか言いようがない。

@おまけにこの教師は、学年が変わり担任が変わるときに、後任の担任にくだんの男子生徒のことを「うそつきだから気をつけるように」とも言ったらしい。ここまでくれば、完全に教育者失格である。

@何故、こんなどうしようもない者が、教師として務まっているのか?本当に教師に向いているかどうか、その人の資質について、きちんと適性試験をしているのだろうか。よもや、有名大学の教育学部を出ているというだけで、適性や資質も調べることなく、このくだんの人物を採用したのではあるまいな。

@この教師はくだんの生徒について「からかいやすかった」からいじめた、と言っているそうだが、ハッキリ言って、本当に「子供」レヴェルである。この教師のせいで、亡くなった生徒は、ほかの生徒からもからかわれ、いじめられるようになったという。この中学校では、こういう事実を把握していながら、キチンと保護者や教育委員会に伝えていなかったという。突き上げられるのを怖れていたからなのか。まさにこれこそ、いじめの事実の、学校ぐるみの隠蔽である。

@これより少し前に、当時小学校6年の女子生徒が遺書を残して自殺を図り、今年に病院で亡くなったという北海道滝川市のケース。これもいじめの学校ぐるみの隠蔽で、きわめて悪質である。教育委員会や父兄、マスコミに突き上げられ、叩かれるのを恐れるがあまり、いじめの事実を隠蔽する学校…。文部科学省の調査ではいじめの件数が減ってきたとの報告があるが、これが実はいじめを学校ぐるみで隠蔽した結果だとしたら…。

いったい、なんの為の教育なのか、学校とは何の為にあるものなのか??日本の教育現場がここまで荒廃が進んでいるということは、完全に「教育とは何か」「何の為に教育はあるのか」ということが完全に見えなくなっていると言う事なのだ。

教育とは、学校とは「子供達の幸せの為に」あるものだ、といったのは、創価学会初代会長をつとめ、先進的な人間教育を目指した教育家・牧口常三郎であった。彼の言うように、教育とは、本来、子供が健やかに人間として幸福を獲得出来るように、あらゆる事を教え育み、人間らしく生きられるよう、然るべき道に導くことであるはずなのである。そしてこれこそが、教育というものの本来あるべき精神なのである。

@しかるに、今の教育現場は、子供達の幸せよりも、大人達自身の“保身”を優先させているような気がしてならない。今ドキの大多数の教師にとって、学校とは、ただ地方公務員としての給料を貰いに行く所だということなのだろう。彼等の頭には、子供の人間としての幸福よりも、ただ月々のサラリーのことしかないのかもしれない。そこには、教育本来の精神など、まるでない。

@こんな、教育本来の精神よりも自分のフトコロ具合を気にする教師たちに教わっている子供たちが、本当に人間らしく育つことが出来るのか。本当に人間としてよりよく生き、幸福に生きる事が出来るのか。それは非常に難しいであろう…。

@自殺するのは生徒だけと思いきや、なんと!今度は50代の男性教師が、橋の天辺から飛び降り自殺する事件があった。この教師は、なんと勤務先の学校の校長から、毎日のようにいやがらせを受けていたと言う事だった。要するに今流行りの「パワーハラスメント」というやつである。

@生徒同士がいじめあい、教師が生徒をいじめ、教師が教師をいじめまくる、きょうびの教育現場。本当に教育とは子供達の幸せの為にあると言う事に立ちかえらなくてはならないときが、いよいよやって来たのに違いない。

@それにつけても思うことは、あの戦時中、人間教育の先駆者であった牧口を不敬罪で牢獄にいれ、獄死させたこと、そして牧口のみならず、その他の先進的な教育者たちを、獄中にいれて転向させたことが、巡り巡って、今日の教育現場の荒廃もしくは崩壊に繋がっているのではないかと言う事だ。

@もしそれが、きょうびの教育現場の荒廃の元凶ならば、この日本という島国は、なんという恐ろしいことをしてしまったのであろうか。

@むろん、牧口の遺徳を遺志を受け継ぎ、彼の残した教育の理想を、こんにち「創価教育学」として結実させ、人間としてまっとうに生き、新たな価値を創造する人間らしき逸材を、真剣になって教え育んでいる教育者達がいて、彼等の存在が不毛このうえない今日の日本の教育現場に、一筋の輝く希望の灯りを灯していると言う事も記しておこう。

@如何なる暗闇、不毛の世界にも、そこに限りない希望の光を点す者がいる限り、そこからは必ず、闇と不毛とを打開し、新しい希望の世界が開けていくものなのだ。

@創価教育という人間らしい人間、価値創造の出来る人間を育む、子供達の幸せの為にある教育理念を掲げて、教育現場で日々奮闘する教育者たちの存在が、また、それ以外の人間としてまっとうな人間をはぐくむ教育者の存在が、この不毛なる砂漠と化した教育の世界に、くめども尽きぬオアシスとして、今日の教育界を潤していくことを期待しようではないか。

 


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さるとる

言語道断(げんごどうだん)
by さるとる (2006-10-17 20:55) 

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