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”虚偽”と”ファシズムの亡霊”が社会を覆い尽くす。 [雑文]

☆交響曲「HIROSHIMA」の作曲者で、目や耳が不自由ゆえに「現代のベートーヴェン」として知られた佐村河内守氏の一連の作品が「ゴーストライター」によるものと報じられ、世間で大きな話題になっている件について思うに、やはり「障碍」をネタにした虚偽は、障碍者の尊厳を著しく貶め、障碍者がバカにされる原因を作りかねないという意味において、許し難いという以外の何者でもない。

☆佐村河内氏とその「ゴーストライター」とされる人とは、18年間も佐村河内氏の要望通りに曲を作り、できた作品を佐村河内氏の名義で発表してきた某音楽大学の准教授で、クラシック音楽家としての優れた才能を持っていた人物であったが、今回なぜこのことを世間に言い出したのかと思うに、18年間の長きに亙り、障碍者や広島の人々を佐村河内氏と共に偽り続け、近年になって同氏の作品がヒットを記録するようになり、愈々良心の大いなる呵責を感じての事だったのかもしれない。

☆一度ついた嘘は取り返しがつかない。ならば初めからつかない方がよいに決まっている。それにしても「障碍」をその嘘のネタにするということに、当の佐村河内氏自身はこれまで良心の呵責を感じてこなかった、というのか。最近になって当人が反省の弁を述べたとの報道が流れたことから見るに、やはりこの佐村河内という人物は、世間に嘘をつくことに対し、事が大きくなるまで何の反省もしてなかったということになる。

☆ある新聞の報道を、TVの情報番組で見たことがある。そこには佐村河内氏が若いころから「虚言」で周囲に迷惑をかけていたことが紹介されていた。それによると、今から30年ほど前、氏はロック歌手としてデビューする際、プロデューサーと何らかの約束をしていたらしく、結果的にその約束を守らず虚言を繰り返したために、プロデューサーは氏をクビにしたという。それから30余年後、今度はクラシック作曲家と自らを偽り、上記の音大准教授に曲を書かせ、自分名義で発表させていたわけである。

☆こうした「虚偽」が罷り通る背景を思うに、皆が「ドラマティックなもの」を求めすぎる、という風潮がこの社会に蔓延しているようだ。児童保護施設を扱ったあるドラマが「内容に嘘と誇張が多い」と関係者から放映中止を求められ、番組のスポンサー数社が降りたり、関係者の放映中止の要請に対し「表現の自由を壊すのか」との反論が各所からあったりと、何かと問題になったことがつい最近あった。

☆あとでこの番組は、最近の児童保護施設の実態とかけ離れた「虚偽」であったことが公になり、制作側が陳謝し、内容を変えることで放映続行とあいなったが、こういう社会問題を扱うドラマを作る際、なるべく実態に沿ったものにする為、あらかじめ正確にして慎重な取材を行い、それによって取材対象の現実を正しく把握し、そのうえで多少創作を加えるだけで、内容としては出来る限りドキュメンタリに近いものにしなければならない。このドラマを放映したTV局や制作会社はそれを怠り、自分たちのイマジネーションだけで制作したとしか思えない。

☆仮令、嘘でもいいから「ドラマティックなもの」を求めすぎる世間に迎合しているTV局の実態の一端が、この件で明らかになったと思うのは私だけであろうか。社会問題を扱った物語を作る時は「表現の自由」云々はこの際脇に置いておき、事実の正確な把握の上に、ささやかな創作のエッセンスを加えて、作っていかなくてはなるまい。

☆「ファシズム」の「亡霊」に憑りつかれた…としか言いようがない人々の言動が物議を醸している。つい最近もかのNHKの経営委員になった某ベストセラー作家や学者が、ファシズムを礼賛するような言動を発し、そのすぐ前にも当のNHKの会長自身が、所謂「従軍慰安婦」問題で「どこの国の軍隊も公娼を連れ歩いていた」というようなことを抜かして、関係各位から問題視されたことがある。NHKのような国営放送の関係者がファシズム礼賛や戦争犯罪の肯定発言を公の場ですること自体、彼等がいわば「ファシズムの申し子」であることの見事な証明ではないか。

☆また「在日韓国人の特権を許さない会=在特会」などの危険な蠢動は此処へ来て激しさを増しつつあるように思える。そもそもこれはネット右翼=ネトウヨのひとつなのだが、最近は新大久保などで嫌韓・排外デモを繰り広げ、日本に対する海外の評判を結果的に落としつつある。総理大臣・安倍晋三が右寄りの志向を持っていることも幸いしているのか、今の彼等は何だか御調子づいているようである。

☆虚偽とファシズムが世間を席巻しているこの状況…思うに何だか、1930年代初頭~’40年代にかけての昭和戦前・戦中時代と酷似しているような気がするのだけれども。ただあの頃は風俗として「エログロナンセンス」が流行っていた。今は「ヲタ系サブカル」に姿を変えて、今に至るもしぶとく生き残っているようである。戦前・戦中期はエログロと同時進行で、ファシズムやそれに追随した「大本営発表」なる「虚偽」が社会を覆っていったのだが、平成も26年になった今日、その状況が姿を変えてまた復活しているような気がしてならない。

☆この状況を如何したら、変えて行けるか…。まずは個々人がこういう状況を更に進行させて、取り返しのつかない事態を迎えない為の「(虚偽の情報・危険な思想・現実無視の表現への)静かなる抑止力」を身に着けることから始めなくてはと、自分は思うのだが。
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