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2011-09-17

@昼間、NHK総合にチャンネルを合わせたら、国会中継。総理大臣・野田佳彦が与野党議員からの質問に答えているらしき場面が映っていた。

@“新編成”の与党に対し、野党は「論戦から逃げるな!」といわんばかり。「3次補正を一刻も早く」「復興庁は年内に設置すべきだ」と厳しく要求しているそうな。

@そうか、野田政権は論戦したくないのか。ようするに議論したくないのだな。「野党の方々に理解いただいて…」と言っては、ロジカルな言論闘争から逃げの一手、というわけか。

@そんなに論戦から逃げてばかりじゃ、進むべき政策も一向に進まず、震災など災害からの復興も絶対侭ならない、と思うがね。


@ある対談を聞きに要ってきた。コラムニストの夏目房之助氏と脳科学者の茂木健一郎氏の対談。「心の平安を得る方法」というテーマのはずが、話があっちへ飛びこっちへ流れたりして、どんどんテーマから離れそうになっている。

@夏目さんにとっては祖父であるところの、文豪・夏目漱石は、常に胃病に苦しめられていたのは今や有名な話である。彼は常に胃弱を意識していたので、胃袋の形をイメージせざるを得なかったのだという。だから「平安」とは程遠い人だったという。それが修善寺での大喀血をきっかけに、多少は「平安」に近づいたのだという。夏目さんの場合も胃弱だったが、太極拳だったか、そういう健康法をやったら、胃弱が良くなったという。

@あと「場」の話が出たが、機構とか組織といった「恒常性」のあるものとしての「大学」でも、ダレでも出入り自由の「場」を作れることは可能だと、夏目さんは言っていたように思う。

@組織体には恒常性があるとや。それは私が所属している「文化団体」を見れば分かる。設立から80数年経っているが、未だに継続している。これがおそらくは「恒常性」なのであろう。

@その中で、常に「恒常性」のない、どんな人でも出入り自由の「場」を拵えていっているので、組織といっても自在度が高い。老若男女かかわりなく、触れ合える。そこに喜びが芽生えたりする。

@そういえば、所属する大学で夏目さんも、そんな「場」を作ったところ、学生たちと触れ合えるのが楽しい、なんて言っていたな。


@現代はそういう「場」の確保が難しいらしい。ネットでそれに近いものを作っても、色々な人が入ってきて、「荒れて」しまうことも多々あるのだ、というようなことを、茂木さんが言っていた。

@やはり「場」というものは、地に足の着きやすい現実社会でしか可能にならないのだろうか。


@自分のミッションというか、やりたいことに打ち込むことがその人にとっての幸せに繋がるのだという。要するにしたいことへの没入が幸福感と繋がるのだ。

@この間フジTVへ「日の丸」を掲げて「韓流ゴリ押し反対!」と叫んで抗議した連中。それを茂木さんが批判したらツイッターが炎上した、こういうやつらを批判したって碌なこと無い、エネルギーの無駄でネガティヴな消費に繋がるだけだ、と言う話が出たが、まぁそうだろうなぁ。

@その手の奴等とか、茂木さんが口を酸っぱくして批判していた「新卒一括採用」しかしない奴等、大学受験という名のペーパーテストしかしない奴等は、結局それしか出来ない。だから批判したって無駄だ、それよりは自分の本当にしたいことに力を注入することが、幸せに繋がるのだ、というような話に落ち着いていった。

@でもなぁ、それって…自分だけの幸せ、ということに繋がらないか?


@自分も他人も魂の底から幸せになる、というのが、究極の幸せ、幸福感なのだと思うのだが。


@自分中心のエゴにとらわれている中の幸せなんて、本当の幸せなんかじゃないのとちゃう?
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SILENT

今日は初めまして

by SILENT (2011-09-18 06:02) 

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