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ツインズ。 [雑文]

@このところ、駅伝関係が気になっている。なかんずく、今回の箱根駅伝で昨年早稲田に21秒差で抜かれて涙をのみ、其処から必死で這い上がり、見事完全勝利という形(10時間51分39秒)でリベンジを果たした、東洋大学のチームに興味がある。

@山の王者・柏原が抜けても、また新4年生の層が薄くても、東洋の新3年生にはエース級がいる。それも双子で。

@ことし往路2区を走り、早稲田チームを逆転してトップに立った設楽啓太と、その弟で復路7区に当日エントリーで出場し、走りぬいて見事区間新記録を勝ち取った設楽悠太の兄弟である。

@この設楽ツインズ、何でも2年前に箱根の東洋大の走りを見て、ふたりで「この大学に入りたい」と思い、願いを遂げて東洋大の陸上部に入ったというエピソードの持ち主。八重歯まで似ているというあたり、こいつらは(たぶん)一卵性のツインズなんだな。

@にっこり笑った笑顔がみょーに可愛い啓太と、髪がくせっ毛の悠太。余りに可愛すぎるこのツインズは、入部当初こそ「ひ弱な奴」との印象を持たれていたらしく、負けレースになると、かわいそうに戦犯扱いされるしまつだったと聞く。

@私はここ数日、ネットサーフィンで東洋大関連の情報を閲覧しているうち、このラブリーなツインズが、今年の箱根に向け、一皮も二皮も剥けた成長を遂げていたことを知った。特に弟の悠太は、情報によると去年、実業団のチームと一緒に苦しい練習に励んでいたという。この時に彼が蓄えた血肉と精神が、今回復路7区での区間新記録に繋がったのだと思う。

@柏原竜二という偉大な業績を残したエースが去っていく今シーズン。今年の東洋大学・鉄紺軍団で、次の時代のエースとして光を放つのは、間違いなくこの設楽ツインズだ。

@あどけない表情が、普段はトテモ可愛い彼らだが、レースとなると豹変する。2人ともポーカーフェイスでロードを走りぬくタイプ。今年の箱根駅伝で、2区を走る啓太、7区を走る悠太の表情を見ていたが、ホトンド表情を変えずに走っている。

@然しよく観ると、眼つきだけは心なしか鋭くなっているのだ。中継所が近づくにつれ、それがだんだん鋭さを増していく。

@そして、次のメンバーに襷を渡した後は、ぜいぜいしつつも余裕のある顔になっている。…こいつらは本当に只者じゃないな。


@ところで、宗兄弟の昔から、ロードを走るランナーには何故かツインズ系が結構数いるように思えてならない。

@聞けば、設楽兄弟の前にも東洋大には双子ランナーがいたというし、あの柏原も実は双子の弟だというではないか。城西大学にいる村山というルーキーには、駒大のチームにいる謙太と言う双子の兄がいる。

@いずれにせよ、そういうエピソードを知るだけでも、箱根駅伝という、地獄のロードレースが面白く思えてくるではないか!


@何はともあれ、設楽ツインズの活躍が今から楽しみだ。来年の箱根ではまた一皮二皮むけまくった姿を見せて、箱根八里の地獄のロードを、ポーカーフェイスで走りぬいてほしい。\(^o^)/そして大いに、チームの勝利に貢献して欲しい。


@柏原で思い出したが、「紅茶の美味しい喫茶店」というフレーズの歌をヒットさせた、柏原芳恵は今ごろ如何しているんだろ…。
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寒い雨の日につらつら思うこと。 [雑文]

@風邪とインフルエンザが流行る今日この頃。自分もインフルの予防接種を受けなきゃいけないと思いつつ、ついつい、病院へ行きそびれてしまう。腰痛や右ひざ痛もあるのに、接骨院や近くの病院へも行かずにすませている。

@いまTVで全国都市対抗男子駅伝が始まろうとしている。連覇を狙う栃木、兵庫や福島、地元広島などが覇を競う。故郷への思いと復興への願いを込めて。

@安芸の宮島(厳島神社)の真っ赤な海上の大鳥居が見える。平和公園のようすも映し出される。今日のヒロシマは穏やかなまずまずの天気。若者たちよ、頑張れ。


@2月に引っ越すにあたり、自分が持っているCDの整理を行った。捨てるCDが意外に少なくて、如何に思い入れを持っている曲を選んできたかが我乍ら忍ばれる。

@それにしても、まぁ、よくホントにコレだけ集めたなぁといえるほど、沢山買ってきたもんだ。でも、聴く機械もないし…。マァ如何するかはこれから考えるよ。



@何時か箱根で、日本だけじゃなくて、世界の大学選抜の駅伝大会でも開けないかな。最近のマラソン界はケニア出身者を中心としたアフリカ勢が物凄く強くなりすぎた所為もあり、それ以外の各国の選手が勝てなくなっている。

@駅伝がマラソンをダメにした、と評論家たちがよく言っているが、今回の箱根駅伝で東洋大学が、10時間51分台という、これまでにない驚異的なタイムを叩き出したこともあり、必ずしもそうとは言えない状況になりつつある。

@つまり、駅伝も高速化の時代に入ったのだ。東洋大の選手たちはみんなkmあたりを2分台で走っていた。とてもハイスピードだったのだ。「ハーフ距離を確実に走る」という、従来の常識が通じなくなっているのだ。

@東洋大4年の「新・山の神」といわれた柏原竜二は、卒業後富士通への就職も決まっている。今後は富士通の陸上競技部で競技者生活を続け、マラソンへの挑戦もl視野に入れているという。僕は2日に柏原の走りっぷりを見ていたが、トテモ速い速い、かつ力強い走りだった。トップで襷を受けてから、一度も後続に抜かれることなくトップを維持し、見事往路優勝を決めた。…この男なら、どんなにハンディがあってもそれを持ち前の負けじ魂で克服し、世界で通用するランナーに成長してくれるに相違ない、と今思う。
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00010. [つぶやき(Twitter代用)]

☆TVを見ていると、警察の一連の不始末やら、小沢一郎の裁判やら、フリーアナウンサー小林麻耶さんと斎藤佑樹投手とのラブ発覚やら、世界の情勢から見たら、もう如何でもいい、くだらないことばかり流している。

☆これらだけ見ていると、今、地球のどこかで起こっている大きなことが分からなくなって、日本という、小さな島国世界で起こっていることしか頭に入らなくなってしまう。

☆ジハード、というと、日本では「聖戦」と訳される。でもジハードの本来の意味は、「イスラムの教えを守る為の努力」。外部の侵略から、あるいはイスラム教徒(回教徒)らしからぬ悪徳(殺人やテロなど)から自分の宗教を守る為、命がけの努力をすること。

☆然し外部からの侵略があるからといって、侵略者をのべつ無闇に殺すのはイスラムの教えの、本義から外れることになってしまう。それは真面目な回教徒のすることではない。だから、アルカイダやその指導者だったウサマ・ビンラディン、タリバンなどは、敬虔な回教徒から見たら自分たちの同志ではないということだ。

☆国際社会の色々な思惑によって、嘗てカナンの地といわれたところは、イスラエルとパレスティナに二分され、互いにいがみ合い、今に至るまで争い続ける。ウランが出ることが分かってイスラエルは核開発に手を染め始める。これまで四回も中東戦争を引き起こし、2012年現在、停戦中だが、何時この停戦が破られるかは微妙な情勢だ。

☆こうなったのは、もともとオスマントルコの脅威を払う為に英仏の「二枚舌」ならぬ「3枚舌」外交が絡んでいたからだった。それ以前は互いに共存しあっていたのに、先進国の政治的思惑がそれを壊してしまったのだ。

☆ユダヤ系とパレスティナ系の人々に対し、居住してイイよといって置きながら、オスマンの脅威がなくなったら、これらを植民地にしようと英仏は裏で協議していたというから驚きだ。第2次大戦後、ナチスの迫害を逃れたユダヤ系の人々がパレスティナに入植した際、国連に協力して多くの領土を得た。それがアラブ系であるパレスティナ人との争いを激化させ、上に書いたように四度も戦争をしている。

☆こういう人たちの争いを如何にすればなくせるか。如何やったらイスラエル人とパレスティナ人が大昔のように共存共栄出来るようになれるか。ひょっとしたら両者が宗教的差異を乗り越え、互いの生命は互いに尊いもの、と考える努力をすることから、本当の和平は始まる気がする。

☆受験シーズン真っ只中。湯島天神では絵馬に書いた願い事をわざわざケータイやスマホで撮っている受験生や親御さんたちが多かった。モノレールで滑り止めに使われるワイヤの使い古しが「受験の滑り止め」のお守りとして流通している。げんかつぎのおやつも売っている。例えば「カール」に「う」をいれて「ウカール」。受験に「受かる」という言葉とひっかけている。「キットカット」が「きっと勝つ」という言葉とかけられて、受験のげんかつぎおやつになっている。
如何に時代が変わろうと、受験必勝の願い事や祈りが尽きることはない。

☆受験に臨む若者もいれば、死と闘い続ける難病の子供たちもいる。彼らを病から救うべく、薬などでの治療は勿論、心のケアも行われている。

☆セラピードッグは、大人の患者だけでなく、子供の患者の心も癒し、生きる勇気を子供たちの心から引き出している。多くのセラピードッグは、心無き飼い主に捨てられ野良犬になった挙句、保健所の役人に捕らえられた捨て犬で、殺処分されそうになったところで命拾いした犬たちを、人の心に寄り添えるように訓練して育て、セラピードッグとして、患者さんのもとに送りだすのだ。

☆セラピードッグの御蔭で、笑顔を無くした老婦人が、満面の笑顔を取り戻し、生きる力を引き出すことが出来たという例は後を絶たない。不治の病に冒され、医者から「あと数ヶ月の命」と宣告された子供が、笑顔と元気を取り戻し、病に倒れ、夢の渚*に旅立つのを延ばしたこともあると聞く。セラピードッグの穢れのない澄んだ瞳が、人々の心から絶望と無力感を取り除き、代わりに希望と生きる力を引き出し、病を克服し、寿命を延ばす。

☆セラピードッグはまだまだ日本の医療現場では少ない。多くの患者さんが病と戦いやすくするためにも、また生きる希望を見出しやすくする為にも、是非増やしてもらいたいと思う。

☆金正日の遺骸は永久保存されるが、東京港で見つかった鯨の遺骸は永久保存されずに、解剖にまわされていることだろう。

☆日本人は、政治家は無宗教であってよい、と思っているのだろうが、宗教者でも政治をやっていいのである。現に元首相・麻生太郎はカトリック者だった。日本では取り上げられなかったが、欧米ではこれがニュースになったという。また、カトリックの総本部であるヴァチカン市国は、CIAよりも世界の情報収集力に長けているという。…これらをきいていると、如何にこの日本という島国世界が、内輪の出来事しか話題に出来なくて、世界の情報を収集する能力に欠けているかが分かるというものだ。

☆最早日本は、世界の情勢から大きく取り残され、しまいのしまいのしまいには、忘れられた国土世間として、アジアのはしっこでぽつんと浮いていることだろう。そのなかで我々は相変わらず、うちわのことばかり話題にしている似違いない。…永久に。
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冬深まりなば春は遠からじ。 [雑文]

@まだ1月もしょっぱなというのに、まるで2月どきのような厳しい寒さが続く東京の一角。現場では水を使う為、ゴム手袋をしていても、指が痺れるくらいの冷えを感じる。

@さてうちに帰る。温かい夕飯が待っている。今日の夕飯は何かな~、と頭の中で色々思い描きながら、帰路を急ぐ。外は北風を吹かす冬将軍が上空に居座っている。

@ここ数日は、とにかく冷え切り、冬のど真ん中の時期が早くも来てしまったような感じがする。…冬深まりなば春は遠からじ…本当は「冬来たりなば春遠からじ」が正しいのだが…こういう寒い冬であればあるほど、春は近くに迫ってきているはず。そう思うなら、幾ら寒い日が続こうと、春の到来を待ち望むこと、嬉しくなる限りだ。

@冬将軍の後ろには、常に春の西風の女神が控えている。種々の美しい花を咲かせ、生命の躍動と誕生を促す温かい力が。冬が深まれば深まるほど、春はその歩みを速めてやってくるのだ。

@昨年は冬の時代だった。原爆投下から凡そ70年、核の呪いから解放されたと錯覚し、すっかり油断していた我々は、震災に伴う原発の破壊事故で、その呪いから解放されていなかったことを身にしみて知ったはずではないか。

@事故を引き起こし、対処を誤った東電や政府、原子力に関連する諸々の組織が、この呪いと向き合うどころか、只管背を向け、事態を矮小して事実を曲げて、我々に伝えているのだ。

@最早我々だけが、核の呪いと真っ直ぐに向き合い、正しい対処を見出し、呪いを解く努力を懸命にする使命を帯びていると思わなければなるまい。

@この世に生きている限り、人間は、あらゆるタイプのリスクからは、完全無欠に自由になれないのだから。ならば、リスクと闘う以外にない。原発事故でのリスクとも、向き合って闘い続ける。それがきっと、核によって齎された「永劫の冬」を「春」に変えることに繋がると思うのだ。
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滑稽な映像。 [雑文]

@正月2日、神田を散歩した。正月だけ会って流石に神田の町々は、海の底に沈められた沢山のブロックのように、あるいは死んだロボットたちのように、静まり返っていた。

@神田鍛冶町にあるJR神田駅から、電車に乗り込む。…有楽町でその電車から降りる。


@アップルストアに来る。英国のおバカ番組の映像、カレッジソングを一通り観た後、ふと思い立ち、ある映像を見た。

@右翼団体の街宣車が警察の検問を振り切るところを撮った映像、小沢一郎の自宅の周りをうろつき、きたねぇ野次をとばす街宣車、恵比寿駅の近くで警察と喧嘩する街宣車。これらをみて、僕はぷぷぷっ…と噴出してしまった。

@彼らの野次の調子が、如何にもヤンキー調丸出しだったので、笑ってしまったのだ。

@いや~、これは本当に可笑しいなぁ。本人たちは本気でやっているのだろうが、傍から見るとこれほど滑稽至極なものはないと思った。下手な漫才より、数倍面白い。

@右翼の街宣車というのは、何時も本当に傍迷惑なものだ。フルヴォリュームで、軍国歌謡や軍国マーチをスピーカーでガンガンがなりたて、たまに広場に来ると、腐敗堕落した与党はくたばれ~!見たいな調子で演説をぶったりしているし…。

@それに映像では、警察と右翼は互いにいがみ合ったりしているが、実は裏で繋がっていることは噂として、自分の耳にも入っている。また右翼団体と893集団とは表裏一体の関係にあるとも言われている。要するに893と右翼は同じだということだ。街宣などの政治的宣伝活動をするとき、893は右翼団体に変身するのかもしれない。違うかもしれないけれど。

@正月は流石に右翼=893の街宣車もいないし、トテモ静かで穏やかな時間が流れている。箱根駅伝も復路レースがたけなわだ。みんながんばれ。
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あけおめ・ことよろ!2012 [あいさつ]

@2012年がついに明けた。“あけおめことよろ”の挨拶が飛び交う。Twitterも“あけおめ”のつぶやきで容量がオーバーし、アクセス不能になった。

@昨年の呪わしい震災の悲劇を超えて、みんなが楽しく明るく、そして幸せになって欲しいと、新年の空に願いを託す人々。それは悲劇を体験した多くの人々の、偽らざる思いである。

@震災の被災者たちが、何時までも涙に掻き暮れることなく、悲しみをゆっくりでいいから乗り越え、幸せを掴んで欲しいと私も願っている。

@ところが首相の野田佳彦は、年頭の所感で震災の復興をスピードアップさせるという。復興の何をスピードアップさせるのか。未だに被災地に堆(うずたか)く積もった瓦礫の処理を確実に速めるならましだが、被災して心が深く傷ついた人々の「心の復興」は光のようなスピードでは出来ない。家を失い家族や大切な友人まで、津波の魔物に奪取された人々の、個々の心の傷はマリアナ海溝よりも深いのだ。

@そうした人々の心の傷の治療は、ゆっくりとやらなければ確実に癒えないのだ。

@今TVを見ている。三番嫂の文楽人形が震災復興の願いを込めて、おめでたい踊りを踊っている。“浜の真砂は尽きるとも…”の名文句がでた!伝統的な芸能は…やっぱりよいなぁ。

@年の初めに祈ること…四海の安穏と人々の無病息災、そして一日も速く、万物の生命の、尊厳を脅かすもろもろ…核兵器、使用期限切れの原発、そしてイジメや戦争を引き起こすエゴと欲望…の廃棄と克服。

@年末に更新したエントリーで述べたように、今年は去年よりも波乱の年になる。だからこそ!負けるわけには行かない。波乱に屈して、地に倒れることがあってはなるまい。

@なにはともあれ、あけおめ・ことよろ…!
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2011年最後の更新。 [雑文]

@とうとう、激動と悲劇の相次いだ2011年も、残すところあと僅か。例年の紅白歌合戦が終わってしまえば、あとは2012年を迎えるだけだ。

@日本は、まだ一億余りいる人口のうち、東北沿岸の人口の2割を失った。震災前から若手不足、老齢化が進んでいた上に、それに追い討ちをかけたわけだ。

@しかし、復興の手助けをすべき政府は、その重責を充分に果たせなかった、というよりは、ホトンドそれを果たさなかった。身内の争い、分裂を繰り返し、今や与党は解党の汀(みぎわ)に立たされている。

@ありとあらゆるシステムの、ほころびがハッキリ見え始めたのも今年だ。来年になればこれらのシステムが大崩壊するやも知れぬ。

@世界に眼を移せば、アラブ社会はかのジャスミン革命に端を発した「アラブの春」があったものの、その後に弾圧があったり暴動があったりで、何かと不安定だし、ユーロは通貨としての信用を失い、対ドルでも対円でも安値を更新し、ついにロンドン市場で一時100円台を割り込むまでになった。

@ユーロ圏各国でもギリシャ、スペイン、イタリアの経済不安はなかなかソフトランディングしてくれないし、3国はそれぞれ緊縮政策を施行せんとするが、国民の反対は根強く、混乱はまだまだ続くだろうと思われる。

@さて国内に目を戻せば、先の震災で被災した東北3県の復興はなかなか進まず、特に福島では、原発事故で再び沸き起こった核の呪いの所為で、住み慣れたふるさとを離れざるを得ない家族が相次ぎ、若い者は次々と福島を去って新天地での生活をはじめた。しかしお年寄りにはそんな精神力はなく、住み慣れた土地と共に人生をまっとうしようとしている。放射能被曝という核の呪いを引き受けてまで…。

@嘗てあった共同体に存在した「絆」。そして「利他の心」。それを図らずも蘇らせたのは震災によるショックであった。「人の為に尽くしたい」という心が若者の間に芽生え、ボランティアに汗水流す青年たちが東北各地で見られた。
…今はボランティアの数は少なくなっているそうだが、「人の為に尽くしたい」という「利他」の心だけは、しっかりと残っている。この「利他」こそが日本人の「人間革命」=「自己変革」にとって大きな「肝」となっていると私は思う。

@震災までは「利己」、つまり自分だけが生き残りたい、他人を押しのけてでも、自分が出世したいというマインドがとても強かった、この島国の若い人間たち。「出来るやつ」と「そうでないやつ」の格差が広がり、カオス化を呈し始めたというこの島国の若者たちに「利己」から「利他」へのシフトを齎したのは、やはり震災だった。

@未曾有の悲劇を経験した、かの地の人々のために、何か尽くしたい。微々たる力であっても、それが彼らの生きる力にでもなれば…。その思いが、「利己」のマインドモードにどっぷり浸かっていた多くの若い人間たちの中に「利他」の芽を芽生えさせたのだ。募金やチャリティコンサートなど、沢山のイヴェントを行い、震災で心が傷ついた人々に生きる勇気を芽生えさせようとしたことは特筆すべきではなかろうか。

@被災して、復興に困難を伴いながらも奮闘する人々のために尽くそうとしている人たちは、決して「エリート」といった「特権階級」の人たちではなく、ごく普通の若者や女性たちをはじめとする市井の人々だった。彼らの「利己」に覆われた心から、眠っていた「利他」の意識が立ち上がったのだ。そうして彼らは、懸命になって被災地の復興の、手助けをこの9ヶ月間、有形無形でし続けたのだった。

@対して「エリート」と呼ばれる人間たちは如何であったか?彼らといえば…福島の原発事故への対応を誤ったばかりでなく、被災者の人々の心情を傷つける行為を繰り返した。復興担当大臣を仰せ付かったばかりの松本龍は、被災地の知事に向かって「智慧を出せ」などと“上から目線”の発言を繰り返し、世間の悪評を買い、すぐにクビになった。

@メディアはメディアで、相変わらずの醜聞追っかけに夢中になるわ、フリーの報道者を追放し、自分たちで固まって「記者クラブ」の維持に躍起になるわ、被災者の心情に沿わない報道を繰り返すわで、如何にもこうにも、社会の木鐸としての使命を全く果たしていない。奴等にはもはやジャーナリズムの良心どころか、「利他」の精神すらない。あるのは「飯の種」としてのゴシップ追っかけと、読者の不安を盛り上げるだけにしか作用しない真偽混同の「放射能ネタ」を連発した。彼らはさぞそのネタで大いに潤ったことであろう。

@そんな「ジャーナリズムの精神」のない報道者たちに、ジャーナリストを名乗る資格は最早ないのだ。フリーで本物のジャーナリストたちが充分活躍できる環境を、ネットを中心に整える時代が来るであろう。真実を知りたければネットを観よ、という時代がもうすぐ其処まできている。

@…というわけで、今年も有難う御座いました。来年もこの「パンドラの函」をヨロシクお願い致します。それでは皆様、来年も頑張りましょう!
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震える年末。 [雑文]

@ここ数日、氷と冷え固まる空気に町じゅうが包まれ、コートのエリをおったてながら、会社へ急ぐ通勤の風景。そいでもって、きょうはオイラの仕事納め。

@「今年もお世話になりました。来年もヨロシクお願い致します」という挨拶もそこそこに、仕事を終わらせ家路へと急ぐ。

@兎にも角にも、冷え切った年末の日々だった。天気予報では、東京では、元日は曇りがちになるんだそうな。う~ん、希望の少なかった今年を過ごしてきたからこそ、来年の1月1日は、明るい初日の出を見たいのになぁ。

@そろそろ遅ればせながら、年賀状の準備をしなくてはならないな。

@今日が過ぎれば、明日を含めて今年もあと2日しかない。遣り残したことがたくさんあるし、やっていないことも多い。うむ・・・?結婚?? う~ん、それは来年もないかもしれないな…。

@今TV東京の「和風総本家」大晦日とお正月・正しい過ごし方SPを見ている。オープニングで出てくる小さい柴犬の「豆助」がめっちゃくちゃかわいい!豆助はまだまだ赤ちゃん柴犬のようだ。

@犬、といえば、青森県は鰺ヶ沢の「きくや食品」にいる「わさお」を思い出す。名の如くわさわさ、ふさふさもこもこした白い毛の大きな犬。TVやネットの口コミで紹介されて以来、「ブサかわ(不細工だけれどかわいい)犬」として瞬く間に人気者となった「わさお」。そんな「わさお」も、飼い主さんと心を繋ぐまでには紆余曲折があった、と聞いている。とにかく慣れてくれないし、勝手な行動をするし、大変だったらしい。

@そんな「わさお」が飼い主に心を開くきっかけを与えてくれたのは「きくや食品」にずっと前からいる「チビ」という菊谷さんの飼い犬だった。わさおが怪我をしたとき、傷を舐めてくれたり、いろいろとわさおの面倒を見ていたようだ。

@そのチビが老衰で死んだとき、わさおはようやく飼い主の菊谷さんに心を開くようになったとや。それからは本当に仲良し同士と化したのだという。

@わさおと飼い主さんとの関係のように、風雪を越えて温かい関係を、他者と築きたいものだ。

@今年は何かといろんなシステムのほころびが見えてきた年だったように思う。政治も、エネルギーも、何もかも。この破綻が齎す者は一体何か?人は言う「来年こそはいい年に」と。しかしこの20余年、本当の意味で「いい年」になったことなどただの一つもなかった。それでも、自分としては、何とか無事に20余年も生き抜いてこられたと、我ながらほくそえんでいる。まぁさまざまな悩みがなかったといえば大嘘になる。それでも中途で死ぬことなく、20余年も生き長らえて来れたことは、我ながら奇跡と言え得るのかもしれない。

@それより心配しているのは…父母も含めて私が知っている限りの、全ての人々がみんな早世してしまうことだ。絶対にそうならないように、祈り続けている。来年はもっとしっかり祈りたい。

@来年が良かろうと悪かろうと、俺は俺らしく、胎の底から生きるエネルギーを出して、一年を生きていきたい。
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敬愛する人への賛辞。 [雑文]

★僕が敬愛する実在の人物、といえば、このブログでも時折取り上げているように、解剖学者の養老孟司氏と脳科学者の茂木健一郎氏、評論家の内田樹氏、作家の佐藤優氏などである。

★その中でもとりわけ、茂木氏は最も敬愛する人物だ。とにかくエネルギッシュだというのが、少なくとも私が見た茂木氏の第一印象である。それに包容力の大きさ、チャーミングな愛すべき人柄は、多くの人をひきつけて止まない。

★彼のライフワーク…それは未だに謎の、「意識なるものが如何にして発生するや」というプロセスの解明であり、我々がものや事象に触れた時に脳内にて立ち上がるという「クオリア」(質感、感覚質)というものの、これまた未だに謎の、発生の仕組みについての解明である。我々が明快に持つ意識とクオリアとは表裏一体の関係なのかもしれないが、それらの解明について彼はこの十数年間、思索を重ね続けてきた。

★そして最近、茂木氏はこの島国を覆う「頽廃衰滅の空気」に対し、警鐘を鳴らす役割を自ら担い、「新聞八策」「日本八策」など、この国の社会から「頽廃衰滅の空気」を一掃する為の提案を行っている。

★茂木氏は、ウェブの有能な使い手でもある。インターネットすらいわば「人イジメ」の為の玩具にしてきた日本の現状を深く憂い、人間教育の為のツールとする為にか、ネット上での「私塾」の必要性を説いている。

★「青田買い」といわれる(俺に言わせればコレは奴隷量産の為の制度だ)「新卒一括採用制度」にぶら下がる大学がいわば「ハローワークスクール」と化した現状に激怒し、「新卒一括採用制度」の廃止を熱く訴えている。

★これほどに真剣に熱く、日本の改変を訴えている裏には、茂木氏の人間に対する深い「厳愛」が秘められている。「新卒一括採用制度」への激しい糾弾は、実はそれによって人生をスポイルさせられる学生たちへの愛と悲しみから発せられている。

★この制度によって人生の大事な時期に学問を深く積むこともままならず、教養も深めないまま、キャリアの多様性に浴することも出来ずに「就活ビジネス」なるものの犠牲になっていく若者たちを見て見ぬふりなど、氏には出来ないのだ。

★人間を深く肯定し、愛するが故に、その人間をスポイルし、ひいては「亡国」へと繋がりかねない制度やシステムには、彼は深く憤り、改変を叫び続ける。その姿勢に賛辞を惜しまぬ者は多い。不肖ながら私もその一人である。

★ところで、私個人が茂木氏に求めたいことは、宗教者への対話をもっと増やすことだと思う。それも開かれた宗教者への対話をだ。

★2010年代の今日、科学と宗教とは互いに相容れない、という「常識」は最早覆されようとしている。あのオウムのような、のべつに偏狭にドグマ化した偽宗教は別として、「人間に向かって開かれた宗教」というのは科学を否定しないものである。ダライ・ラマ14世や池田大作氏等との対談や往復書簡にとどまることなく、イスラームの人など、世界の開かれた宗教指導者たちとの語らいに、もっと挑戦してみては如何だろうか。

★明年には、茂木氏ももう50歳になる。いわば、初老の域に達してきたといえるが、まだまだ早世することなく、頑張って欲しいと思うのが私個人の本音である。そのためにくれぐれも健康面では用心して欲しいと願っている。ライフワークの為にも、出来得る限り氏の生きている時間が長くあって欲しいと思っている。
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「人助けすら損得勘定」…中国における道徳観念の歪み。 [ぼやき]

☆中国で、車に轢かれた小さい女の子が、誰にも助け出されず、放置され、病院に運ばれた時はもう虫の息で、数日後に亡くなった、という情報が日本のTVで放映されていた。通り過ぎた人はなんと19人!その理由は「人助けしたら損をする」という観念が蔓延しているというものだった。

☆5年前、混雑したバスから降りようとして、人の流れに躓いて転んだ老女を、青年が助けたところ、助けたその老女が、青年を訴えたという。以来、中国人の間に「人助けをしたら損をする」という観念が広まり、仮令命に関わる轢き逃げの被害者であっても、決して助けない、という実態が繰り返されてきた、というのである。

☆これには、もともと中国が歩んできた歴史と繋がっていると、このニュースを紹介したジャーナリストの萩谷氏は語っていた。つまり、19世紀から20世紀において、日本も中国も競争社会への移行を余儀なくされたが、日本ではその移行が明治、大正、昭和といった時代区分に従い、段階的に進んできたのに対し、今から百年前、1911年に帝政が崩壊した中国では、幾重の段階を経ずにいきなり競争社会に移行したのであり、出世の為なら他人を蹴落としても構わないという観念が人々の精神に染み付いているらしい。故に経歴と言うものを彼らは気にしているのであり、それに傷がつくことを彼らは大きく怖れている。

☆そういう社会では、人助けすらも、金を得る為の手段と見えてしまうのだろう。誰かが誰かを助けたら、助けたほうから助けられたほうに報酬を要求される…そういう観念にとりつかれてしまっても無理はあるまい。

☆そうした事態に危機感を抱いた中国政府も、流石にというか何と言うか、人助けをした人にウソの責任を負わせると罰金あるいは禁固刑になること、また人助けした人は御咎めなし、という法律を拵えたのだった。(←広東省深せん市で制定された法律)

☆そんな法律が作られるほど、中国の人々のモラルは崩壊してしまったのか。経済的に急速発展しても、精神がそれに追いつくことはなく、かえって歪んでしまった。それは中国のみならず、日本もアメリカも抱えてきた問題だったはずだ。

☆このような道徳観念の歪みが、世界津々浦々で見られるようになれば、世界は一層のこと、混乱と破滅に向かって進むに違いない。この事態を変える為にも「人間の内面を変えられる」生命哲学の宣揚が望まれる。

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